いまや生成AIを上手に利用する価値がある分野がいくつか出てきました。音声を文章にすることは、今までなかなかうまくいかずにいましたが、現在では合格点と言ってよいレベルになっています。処理は迅速で、記述されたものを見ると驚くはずです。

一定以上の長さになったものを、要約するように指定すると、これまた驚くべき速さで、要約ができます。問題ないレベルです。かつて人の能力を「2:6:2」と分類することがありましたが、少なくとも下位2割の苦手な人よりも上のレベルだろうと思います。

これですべてが解決するわけではありません。しかし音声を文章にするなどの作業を、機械的に正確に行ってくれるのなら、仕事が効率化できます。生成AI技術の中で安定的な水準にあるものを、業務の中にうまく取り入れていくことが必須のことになるのです。

  

いくつかの病気を調査した結果、適量のコーヒーを飲む人の発症が少ないという報告がいくつか出されているようです。たとえば1日2-3杯のコーヒーを飲むと、糖尿病の発症率が低くなるとのこと。血糖値がやや高めの人が、意識的にコーヒーを飲んでいました。

薬よりも通常の摂取に近いものですから、自然な感じがします。もしコーヒーの成分を分析して、その成分の中から効果をもたらす物質が見つかったなら、それは薬になるのでしょう。しかし特定の物質が見つかっていないとのこと。不思議な飲み物です。

漢方薬も、そんなところがあるようです。特定の物質が効果を上げるというより、相乗効果があるのでしょう。要素を分析しても、目的にたどり着けないことがあるようです。この場合、細分化しても、分からないということになります。組合せが大切なのです。

  

仕事を定義しようとして、様々な役割をピックアップしていた人たちがいました。この人たちが、どうもしっくりこないと言い出して、相談にいらっしゃったことがあります。各人の役割を規定しても、なんだか仕事が把握できないという感覚があったようです。

役割分担という言い方があります。それは言葉では、その通りですが、役割が重なることがめずらしくありません。立場が違っても同じ方向を見ていく必要がありますから、微妙な重なり合いとも言えます。しかし、それを厳格に定義しようとするとズレるのです。

まず現在の仕事をプロジェクトとして捉えたらいかがでしょうか。プロジェクトの進捗にどう関与するのか…と考えたほうが実態に合うはずです。仕事はある種のプロセスをたどります。プロジェクトの発想なしに役職やその役割を考えるのは、無理があるでしょう。

  

コペルニクスという人がいました。地動説を唱えた人だということをお聞きになったことでしょう。コペルニクス的転換という言い方があります。あるとき、いままでの感覚ががらりと変わることがあった場合、こんな言い方になるのでしょう。

このコペルニクス的転換というのが、なかなか身にしみてわかりませんでした。しかし仕事をこなしていくと、あっと気づくことがあります。ものごとを素直に見たまま観察すべし、私心を入れずに、客観的に見ていくことだと。そんな考えがあるでしょう。

ところが客観的に見たはずのものが違う場合があるのです。太陽が動くのは確かなはずでした。しかし実際には地球が動いていて、その結果、太陽が動くように見えたのです。同じように、他者の立場で自分を見ると、自己評価が転換します。ある種のショックです。

  

何かを分析し、創造しようとするとき、いくつかのアプローチがあります。畑村洋太郎著『創造学のすすめ』では、「要素」×「構造」⇒「機能」という図式で考えることを提唱していました。これは伝統的な方法、かつての標準的な方法と言ってよいでしょう。

モノの要素を細分化していくと、直観的に「わかった!」となることがあります。分けることが、分かることだという発想です。こうやって不可欠な要素が分析されたなら、それをどう組み立てているのかが問題になります。要素を組立てる構造を見ていくのです。

要素と構造から、どんなモノができたのでしょうか。その問いの答えが、機能ということです。どんな役割を果たすのか、それが目的にかなっているのか。こういう発想でモノを見ていこうということです。この典型的なアプローチは、今でも使えます。

  

まっさらなところに新しい秩序を作って、これまでにないことをするというのは、そう簡単なことではありません。実際には、まっさらな領域に、他のところから持ってきた秩序を変形させて、原理は同じでも、従来とは違う方式で行うというのが一般的です。

歴史的に見ると、画期的に見える革命的な変化も、かつてあったものの変形、あるいは再構成というべきものだといわれます。当然ながら、変形し、再構成する人は、かつて存在したものをそのままなぞるわけではありません。それは逆に難しいでしょう。

意図した変形や再構成の中に、知らないうちに意図せざるものが入り込みます。結果として、そうなるということです。大切なのは、独創的であろうとするよりも、成果を上げようとすることでしょう。そして成果の上がるものなら、独創的な要素が評価されます。

  

目的をもって迅速に習得する知識は、どうしても必要なものですから、効率的な習得に価値が置かれます。これは具体的な活用に結びついたものです。無駄を少なくしないといけません。この場合、他にない独自の知識の習得には、まずならないでしょう。

一方、自分の好みに合わせて、興味のある分野を調べたり、自分で考えたりするうちに、その分野の専門家になってしまうことがあります。自分の仕事に活かそうという目的を持って勉強するのとは、また別の、ある種の贅沢なアプローチもあるでしょう。

好きに選んだものでも、高レベルなら通用します。新しいことをする場合、従来と違うコンセプトや、アプローチが必要です。高レベルのものなら、知らないうちに、こうしたものが入り込みます。何が必要か予測できませんから、好きなことをやるのも大切です。

  

これからは知識領域が広がり、各分野での知識の高度化が進みます。個人に依存する分野が増えることが確実です。この分野を専門としているのは誰であるかを、組織の側も評価できなくては困ります。各人の強みを知ってこそ、活かせるからです。

ギリシャ哲学の講義を聞いたとき、「無知の知」という話が出てきました。自分はよくわかっていないと自覚していることが重要なのだということだったかと思います。よくわからないことを、わからないと言えなくては、困ったことになるのは間違いありません。

人間は万能ではありません。負荷をかけすぎて緊張させてしまうと、力が発揮できなくなります。専門家と扱われた人が、知らないと言いにくい雰囲気を作らないようにする努力が重要です。個人依存が高くなるからこそ、気をつけないといけなくなります。

  

組織で成果を上げようと思ったら、業務を記述しておくことが不可欠になります。業務内容を記述しようとすると、苦労します。言語化しようとすること自体が苦労です。しかし、この苦労をしないと、知識がうまく伝達できるようになりません。

組織では、記述は不可欠なスキルです。基盤となるスキルといえます。日々鍛えるつもりで仕事をしていないと、油断していると調子がおかしくなります。つねに鍛えておく、つまりは仕事をしながら、自然に文書を作成するように心がける必要があるのです。

伝達のためには、適切な伝え方が必要になります。正確に伝わること、簡潔にスピーディに伝わること…これが伝達の両輪です。気づいたことはすぐに記述に残すこと、その際の文章は「簡潔・的確」に…。ちょっとした心がけが大切になります。

  

IT技術というのは、機械的なものですから、その時々で融通を聞かせてということができません。逆にいえば、安定的に、同じことを反復継続することが可能です。人間にはとてもできないことが、得意技になっています。

IT技術を上手に生かせば、私たちにとって強い味方になることは間違いありません。考えるべきポイントの第一は、この技術によって、どんなことができるのかということを理解することです。機能がどんなものであるかを見極めるということになります。

もう一つは、実例から学ぶことでしょう。この技術を実際に導入して、成功するケースを想定すること、あるいは成功事例を知ることです。成功がイメージできれば、別領域でも活かす方法がみつかるかもしれません。基本と応用のチェックが必要になります。