まだ原則と言えるほど、明確な基準での調査ができていませんが、生成AIに関連した定量的なチェックをしています。短い文書を要約した場合の出来具合のチェックです。生成AIよりも明らかに質の高い要約が作れるか、生成AIと同等か、それ以下か。

現在のところ、仮説にすぎませんが、生成AIよりも明らかに質の高い要約ができる人が、全体の1割です。6割が生成AIよりも明らかにレベルが下ということになります。これが妥当な数字化かどうかは、質の高さを測定する方法や尺度にかかわってくるはずです。

直感的な評価によりますから、この結果を何人かの人たちに投げて、意見を聞いています。多くの人から、要約がダメな人6割という数値に異論が出てきました。少なすぎるとのこと。8割はいると言うのです。いやはや、定量化は簡単ではありません。

  

チャットボットの導入コストが、劇的に下がっています。かつては1,000万円を超えていたこともありましたが、今や10万円を下回るコストで利用できるようになってきました。もし、お客様対応をする部門があったなら、使わない手はないでしょう。

しかし導入して成功している事例は、少数派のように思います。技術的な進歩があるのに、不思議な気もしますが、問題は技術ではありません。チャットボットに記憶させるデータのほうが問題です。必要情報が記述されていなかったら、AIは対応しません。

マニュアルは、標準となる手続きを記述するものです。「こうすれば、こうなる」ということ、「こうするのが良いです」ということ、これらを示さなくてはいけません。様々な角度から聞かれたときに、対応できる記述がないと、十分な回答が出せないのです。

  

マニュアルを電子化するのは、もはや当たり前のようになってきました。作成した文書で操作や業務を確認することになります。この時、電子媒体を使うということです。しかし場合によっては、電子媒体ではなくて、紙のマニュアルを使うこともあります。

しかし電子媒体で使うにしろ、紙で使うにしろ、いまや手書きのものは、ごくまれになってきました。デジタル入力された文書があるはずです。この文書の出来具合が問題になってきています。必要なデータを入力すると、チャットボットとして使えるからです。

電子化したマニュアルを、データとしてチャットボットに記憶させて、さて十分な対応をしてくれるでしょうか。実験してみると、マニュアルの質が見えてきます。ほとんどが、そのままではうまくいきません。マニュアルを検証する新たな方法とも言えます。

  

頭の中に思い浮かんだことの中から、記録に残しておきたいものを選んで、それを文字に残したものが、メモです。いったん文字にして、思考を固定化していますから、それを発展したり、整理したり、変更したり…と、つまりは修正が効く存在になります。

こうして思い浮かんだメモを、もう一度見返して、修正して、記録しておくことが大切です。そうしておかないと、この世の中から消えてしまったように、思い出せなくなりかねません。大切なものほど、記憶が蘇らないものだと思っておいた方が安全です。

いつ使えるかわからないことでも、デジタル化してまとめておけば、検索がかけられます。埋もれるリスクが格段に減りました。メモしてパソコンに保存しておいたという記憶があれば、利用できます。知的生産が、デジタル化によって革命的に変化したのです。

   

生成AIが要約文を作れるようになって、先日、調査した人がいました。各人に要約文を作ってもらったそうです。短文で簡潔な要約文が作れる人は、意外に少なかったということでした。問題は、生成AIとの比較です。どのくらいの人が、合格点をつけたでしょうか。

まだ正確な数字とは言えませんが、いささか驚く結果が出てきている様子です。時間をかけて要約を作った人たちの半分以上が、生成AIの作った要約文よりも劣っているのではないかという結果でした。明らかに生成AIよりも上の人は、1割程度とのこと。

問題はおそらく、要約の仕方を習っていないこと、さらに、そもそもの読解力に問題が生じているということなのでしょう。文章を読む量が少なすぎると、読解力はつきません。普段から活字をきっちり読まないと、生成AIを使いこなすことさえできなくなります。

  

読み書くというのは、人間の基本的なスキルです。身につけていなくては社会活動に支障が出てくるものと言って間違いありません。人と人とのコミュニケーションのツールとして、言葉が不可欠なものです。なかでも、文章にすることには特別な意味があります。

文章にするということは、思考を固定化することです。書いたものは、時間がたっても変わりません。何度も同じものが読めます。大勢の人に、読んでもらうことも可能です。記述したときの、その人の思考が表に出されて、それが固定化されることになります。

このとき大切なのは、内容とその記述の形式です。記述されているからこそ、私たちは、その内容や形式を検証することができます。「文章語にして語れ」と作家の司馬遼太郎はかつて記していました。まさに、記述すること、文章語にすることが大切です。

  

日本では、活字離れが言われていますし、実際に本の出版点数も減っています。減り方はなだらかになっているようですが、増えてはいません。こうした出版の減少は、どうやら先進国では日本だけのようです。そう遠くないうちに反転するかもしれません。

欧米では、遅くとも2019年までには、出版点数の減少は解消されています。今後は、もう待ったなしの状況になっていますから、日本でも、リーダーを中心に、紙の本を読みだすはずです。そうでなくては困ります。読み書きは基本中の基本となる能力です。

生成AIがかなりのレベルの文章を作れるようになってきました。要約を作ることも出来ます。リーダーが、生成AIの作る要約よりも拙いものを作るようでは困ります。リーダーの基礎学力が問われるようになるのです。普段から本を読むのは、当然でしょう。

  

文章を書くのに苦労している人がいます。何を苦労するのでしょうか。聞いていると、たいていの場合、二つに収斂していきます。「何を書いたらよいのかわからない」と「どう書いたらよいのかわからない」。結局は、この二つになるのが普通です。

両者の関係は、どうでしょうか。まず、何を書こうとするのかが決まり、それをどう書こうかと考えていく順番のはずです。したがって、「何を書いたらよいのかわからない」ということを解決しないと、「どう書いたらよいのかわからない」が解決しません。

まずは、何を書くかが問題です。ビジネス人の場合、ビジネスのことを書くことになります。そのときに必要となる標準的な考え方を身につけなくてはなりません。ビジネスはマネジメントの観点から考えるのが標準です。マネジメントの理解が基礎になります。

  

いまや生成AIを上手に利用する価値がある分野がいくつか出てきました。音声を文章にすることは、今までなかなかうまくいかずにいましたが、現在では合格点と言ってよいレベルになっています。処理は迅速で、記述されたものを見ると驚くはずです。

一定以上の長さになったものを、要約するように指定すると、これまた驚くべき速さで、要約ができます。問題ないレベルです。かつて人の能力を「2:6:2」と分類することがありましたが、少なくとも下位2割の苦手な人よりも上のレベルだろうと思います。

これですべてが解決するわけではありません。しかし音声を文章にするなどの作業を、機械的に正確に行ってくれるのなら、仕事が効率化できます。生成AI技術の中で安定的な水準にあるものを、業務の中にうまく取り入れていくことが必須のことになるのです。

  

組織で成果を上げようと思ったら、業務を記述しておくことが不可欠になります。業務内容を記述しようとすると、苦労します。言語化しようとすること自体が苦労です。しかし、この苦労をしないと、知識がうまく伝達できるようになりません。

組織では、記述は不可欠なスキルです。基盤となるスキルといえます。日々鍛えるつもりで仕事をしていないと、油断していると調子がおかしくなります。つねに鍛えておく、つまりは仕事をしながら、自然に文書を作成するように心がける必要があるのです。

伝達のためには、適切な伝え方が必要になります。正確に伝わること、簡潔にスピーディに伝わること…これが伝達の両輪です。気づいたことはすぐに記述に残すこと、その際の文章は「簡潔・的確」に…。ちょっとした心がけが大切になります。