量が質に変わるという言い方があります。たくさんの練習をすれば、実力がついてくるのは、特別なことではありません。多量の練習あるいは何度も繰り返しの練習が、能力を高レベルに変えたことになります。これは原則です。例外は、当然あります。

私たちは、いずれかの分野で、繰り返しが苦にならなかったり、かえってたくさんのことがやりたくなるのだ…ということがあるかもしれません。そういう領域が見つかったら、実践あるのみでしょう。多くの場合、量が質に変わってくるはずです。

強みを発見するためには、二つの側面から見ていく必要があります。まずは成果が上がっていること。もう一つは、それをやることが苦にならないことです。多量に実践できて、それが成果に結びついていることなら、たぶんその人の強みになることでしょう。

   

生成AIの進歩に伴って、人間の仕事がなくなるのではないかという意見もありました。最近は、どうもそうではないという声のほうが強くなっていますが、それでも、仕事に大きな変化が起こってくることは間違いなさそうです。

かつてパソコンが登場したころ、何でもできる魔法の機械のような扱いを受けたことがありました。あれもできる、これもできる、いずれこういうこともできるだろうと、ずいぶん盛り上がったものです。しかし、言われるようなことには、なりませんでした。

生成AIの得意技は何で、人間は何をどう利用すればよいのか、見極める必要があります。機械的な処理は得意でしょう。しかしあれこれを統合するのは苦労するはずです。完成させる仕事ではなく、下処理が中心でしょう。最後は人間が完成させなくてはいけません。

最近、若い人の中に、本格的に絵を習いたいという人が出てきています。もしかしたら、もっと以前にもいたのかもしれません。近頃は、絵画教室も低調気味ですから、そういう人が集まると目立ちます。その人たちが何を求めているのでしょうか。

いまから美大に入って、学生生活はできそうにありませんが、かつてよりも習得できる気がするようになっているようです。たぶん、その感覚は間違ってはいません。社会に出て、仕事をするうちに、何かを習得するスキルが身についてきたのを感じているはずです。

何かを表現したいというのは人間の自然な感情でしょう。その際、正統派の方法に触れて、感覚とか感性を洗練させていきたいということです。社会を見てきた人が、何が必要なのか、知らずに気づいたことなのかもしれません。今後の動きに注目しています。

本を読まなくなっていたビジネス人が、ある時突然、ショックを受けたといいます。かつての優等生が、異業種の人たちとの勉強会に誘われて出かけて行った時のこと、自分が全く知らない本の話を、参加者がごく普通に話しているのに戸惑ったということでした。

他の人たちは、その本を読んでいたり、少なくともどんな内容なのかを知っていたのです。自分は何年きちんと本を読んでこなかったのか…と思ったといいます。それで本を読もうと思って、本屋さんに行ったそうです。そこで、またショックを受けたとのこと。

本屋さんにいた多くが若者だったということです。まだ年齢からいっても、これからのはずのビジネス人が、もう自分の時代ではなくなると、思ったとのこと。これではいけないと、毎週本屋さんに刺激を受けに出かけるそうです。本代は入場料だと言っていました。

   

大忙しで働いている若者に向かって、自分の自由になる時間は、どのくらいあるのか、計算してみたほうが良いのではないかと、言ったことがあります。いつも忙しいといい、実際の残業数もかなりありました。しかし、まちがいなくムダな時間があるはずです。

従来からの習慣で、時間をとられることがありますし、成果の上がらないことを継続していることもあります。一定期間、記録をして、時間の使い方を検証する必要があるでしょう。こういうことは、意識してやらないと、なかなか実施することはありません。

じつはムダ時間のチェックを、会社で覚えた人が少なくないのです。先の若者は、会社で業務プロセスの見直しなどしたことないとのこと。自分でやるしかありません。自分の時間を見直して、ついでに会社の業務プロセスも見直したら…と言っておきました。

  

自分が得た感覚を、言葉にする作業ができないと、遠回りをすることが多いようです。まったく同じことが起こるわけではないでしょうが、言葉にしておくと、その言葉が活きてくることがあります。言葉にする過程で、ある種の一般化する機能が働くのでしょう。

感覚が言葉になると、その時の感覚だけでなくて、もっと別のケースにも応用できるようになっています。感覚のままでは、消えてしまったものが意味のあるものになるのです。言葉にすることによって、ある感覚作用の過程が意識できるようになるかもしれません。

言語化が適切ならば、物事は明確になっていきます。言葉にしようと意識することによって、物事が客観視できるようになってくることでしょう。そうすればコミュニケーションがスムーズに進みます。言語化の訓練は、ビジネス人にとっても不可欠なことです。

  

ビジネス人がある一定年齢になると、管理部門の仕事を始めることは別にめずらしいことではありません。最近は20代後半にリーダー格になる人もいます。組織にはリーダーが必要です。しかし、そう簡単にリーダーにはなれません。向いてない人がいます。

相談があった時、どうやってチェックするのか聞かれましたので、一番簡単な方法をお教えしました。まず、必要事項をホワイトボードに書きながら、丁寧に説明してみること。それを聞いた本人たちに、簡潔な文書にして提出するように言ってみてください…と。

複数の人に試してみると、こんなに個人差があるのかと驚くことがあります。読み書き能力がないと、リーダーになるのは極めて不利です。ビジネスの伝達が、かなりの部分、文章を通じてなされるのはお気づきでしょう。基礎がないと、リーダーは無理なのです。

  

人間は言葉を使っていますが、たいていの行動は、なんとなくなされています。いちいち何かをするときに言葉にしたり記述したりしていません。それが普通でしょう。だから、時には言葉にしておくのも、よいかもしれません。そうすると、驚くことがあります。

何かを行う前に、自分の予測を記録に残しておくと、実際に起こったことが、全く予測と違うことに驚くのです。予測というのは、求められなければ、特に意識しないままに終わってしまいます。いわゆる目標設定をしないで、なんとなく実行するのです。

すべてに目標を設定して、記録していったら、それは疲れてしまうでしょう。しかし、これは大切だというときには、記録に残しておいたほうが良いかもしれません。自分の思い込みが、いかに甘いかを知るはずです。ときに検証は、変革を起こす契機になります。

  

まだ原則と言えるほど、明確な基準での調査ができていませんが、生成AIに関連した定量的なチェックをしています。短い文書を要約した場合の出来具合のチェックです。生成AIよりも明らかに質の高い要約が作れるか、生成AIと同等か、それ以下か。

現在のところ、仮説にすぎませんが、生成AIよりも明らかに質の高い要約ができる人が、全体の1割です。6割が生成AIよりも明らかにレベルが下ということになります。これが妥当な数字化かどうかは、質の高さを測定する方法や尺度にかかわってくるはずです。

直感的な評価によりますから、この結果を何人かの人たちに投げて、意見を聞いています。多くの人から、要約がダメな人6割という数値に異論が出てきました。少なすぎるとのこと。8割はいると言うのです。いやはや、定量化は簡単ではありません。

  

本を読まないと、知識の習得で、不利になります。文字に固定された文章は、動きません。記述したものは、繰り返し確認することができますし、別の人たちと同じ文章について語ることもできます。記述と読解は、知的活動に不可欠なものです。

最近は、本を読まない人たちが多くなってきています。これはリスクのあることです。知識が重要視されるようになって、専門領域が大切にされるようになると、基本的な文献を読んでいないこと自体が、遅れにつながります。読むのが前提ということです。

読んだからすごいのではなく、読まないことにリスクがあります。読む習慣をつけておかないと、不利な立場に置かれかねません。文章の意味を取っていくことは、こちら側からの働きかけになります。体がなまらないように運動をするように、練習が必要です。